誤解から学ぶ緑内障

  実践その2 緑内障の治療 ー眼圧下降からの神経保護ー

  1. 自覚症状

    一般的なイメージの「治療」、すなわち障害された部位を再生し機能を完全に回復させる、という観点からいえば、緑内障は治療できません。手術でも薬物でも「その他の療法」でも治療できません。緑内障は「神経の病気」です。障害された神経を再生させることは出来ません、かつ障害された神経機能を回復させることも出来ません。

    しかし「現状維持」は期待できます。

    発想の転換が必要です。「治療」のイメージを一般的なものからグルッと変えていただきたいのです。つまり、

    「現状維持することが治療」

    とのごとくです。

    治療のイメージを図で表してみます。

    横軸は年齢、縦軸が「視機能」です。

    オレンジ線は正常の方。わずかに右肩下がりになっています。視機能は永久的に維持できるわけではなく、徐々には低下します。しかし、緑内障のレベルまでは低下しません。

    グリーン線は「緑内障患者」さんです。大きく右肩下がりになっています。つまり視機能低下の速度が正常の方よりも極端に速くなっています。緑内障とはこの「視機能低下の速度」が極端に速い病気とも言えます。

    この考えを元に「発想の転換」をすると、緑内障治療とは次のように言えます。

    「機能低下の速度を正常のレベルに戻す」

    グラフでいえば、グリーン線の傾きをオレンジ線と同じ傾き、つまりピンク線に変える事、これが緑内障治療の目標になります。

    言い換えれば、緑内障治療の目標とは以下のようになります。

    「視機能を生活に支障のないレベルに維持すること」

  2. ぼんやり見える

    ではどうやって「現状維持」するか。

    緑内障は「神経の病気」です。

    直接的に視神経を保護すれば一番理想的です。それに対して様々な試みがなされています。一例として、アルツハイマー病で使用されている「メマンチン」があります。アルツハイマー病は緑内障と同じく神経が消失してしまう病気です。それゆえ「メマンチン」が緑内障に効果があるのではと期待されました。しかし、今のところ大きな有用性は認められていません。

    視神経周囲の血流の悪化が障害の原因とも考えられています。では血流を改善すればどうか。代表的な処置として、首周囲にある交換神経節を一時的に麻痺させる「星状神経節ブロック」というものがあります。結果としては「可能性レベル」にとどまっています。血流が多いことが神経に良いとも限りません。逆に血流豊富だと、炎症等のリスクも高くなり、逆に障害されるかもしれません。そもそも局所的に血流を増やすのは非常に困難です。

    そんな中、唯一「現状維持」に効果があるとされたのが「眼圧下降」です。

  3. 視野検査

    眼圧下降の有用性、この考え方は非常にシンプルです。

    視神経が一本の束に集まり眼球外に出て行く部分を「視神経乳頭」と呼びます。緑の丸で囲った部分です。

    この部分は神経が急に直角に曲がっています。それゆえ脆い部分であると考えられています。

  4. 自覚症状

    眼球は「眼圧」によってカタチが維持されています。その代わり、視神経乳頭は常に圧迫されている状態になります、正常であれば、その「圧力」に耐えられる強さが視神経乳頭にはあります。

    ところが視神経乳頭が弱く「圧力」に耐えることが出来なくなればどうなるか。視神経は麻痺します。正座していると足が痺れてくるのと同じです。その圧迫されている状態が続くとやがて視神経は変性し消失します。この消失した状態が「緑内障」です。

    神経が「圧力」に耐えられないのであれば、その「圧力」を下げ、これにより「視神経」を保護する。これが緑内障治療の基本的な考え方です。非常にシンプルなものです。

  5. 自覚症状

    なお、視神経が耐えられる眼圧の上限は人それぞれで異なってきます。

    25mmHgぐらいの高い眼圧でも緑内障を発症しない方もおられます。これは「視神経」が強く高い圧力にも耐えられる、と解釈されています。

    逆に眼圧12mmHgの低い眼圧でも、緑内障を発症する方もおられます。これは「視神経」が弱く低い眼圧にも耐えられない、と解釈されます。

    つまり緑内障を発症するしないは「眼圧」と「視神経の強さ」のバランスにより決まるのです。

  6. 緑内障本来の見え方

    緑内障を発症しない眼圧の上限は人それぞれで違います。自分自身の「視神経」が自分自身の「眼圧」に耐えられなかった時、緑内障を発症する、ということになります。

    つまり、万人に適応できる眼圧の「正常値」は基本的に存在しない、ということになります。個々の正常値のみが存在します。

    自身の眼圧が「高いか」「低いか」を世間一般と比較するのは、実は意味がない。緑内障患者さんどうし、互いの眼圧を聞きあって比較してもあまり意味がない、ということになります。あくまでも「自身の眼圧」がどうか。絶対的なものではなく「相対的」なものです。

    「今の眼圧」よりも「治療前の眼圧からどれだけ下がったか」の方が大事です。大事なのは眼圧の「下げ幅」なのです。

    緑内障を進行させないための眼圧を設定する。これを「目標眼圧」と呼びます。この値は患者さんによって違う値になります。

  7. 障害部位の位置

    では「相対的」にどれだけ下げれば良いか。「下げ幅」の目安はどれくらいか。

    目標として「30%」が提唱されています。

    この数字の根拠になったのが "Collaborative Normal-Tension Glaucoma Study" という研究です。 「元の眼圧より30%下降させるとどうなるか」というのが研究の趣旨になります。患者さんを治療する群(元の眼圧より30%下降)と治療しない群にグループ分け、治療効果を比較検討する、というものです。

    結果、30%下降させた9割の方は緑内障が進行しなかった、となりました。これにより「30%眼圧下降」が1つの目安になったのです。

  8. テレビを見ている例え

    具体的に30%の眼圧下降を計算してみます。24は17、20は14、16は11、12は8、といった具合になり、どの眼圧値であっても、数mmHgは減少させなければなりません。これはそれなりに大きな数字です。それゆえ目標達成はそれほど簡単なものではありません。

  9. 京都観光での例え

    個人的には、この「30%」にはあまり拘らない方が良いと思っています。ここに拘ると本来「手段」であるはずの眼圧下降が「目的」になってしまいます。

    緑内障の治療の「目的」は何か。それは「視野を維持すること」です。眼圧を下降させることは「手段」にすぎません。

    「視野が維持できている」のであれば、極論、眼圧は下げなくても良い、とも思っています。

    手段の「目的化」に注意すべきです。

  10. 東本願寺の御影堂門前から

    また、この「30%」の目標眼圧はどの緑内障病期に対しても一律で設定されています。緑内障の重症度は考慮されていません。

    対して、緑内障の病期に応じ「目標眼圧」を設定する、という考え方があります。眼圧 “21mmHg” を基準に、初期 “19mmHg”、 中期 “16mmHg”、末期 “14mmHg” といった具合に目標眼圧が「絶対値」で設定されています。

    これは90年代初頭の考え方です。その頃は、緑内障ならば眼圧は21mmHg以上、と考えられていました。現在主流とされている眼圧21mmHg以下で発症するつ緑内障(当時は「低眼圧緑内障」と呼ばれていました)の存在が少しずつ分かってきた時代の概念です。それゆえ眼圧21mmHgという「絶対値」が基準になっていると思われます。

    臨床の現場に即した、現実的、かつスマートな考え方だと、個人的には思っています。

    ただ、現在では、大多数の緑内障患者さんが 眼圧 “21mmHg”以下、という事が分かっています。つまり “21mmHg” という絶対値を基準に目標を設定するのは、やや難しくなっているのです。

    それなら「相対的な」値で考慮した方が現在の考え方にマッチするのでは、と思っています。つまり元の眼圧から初期 は“10%”、 中期は “20%”、末期は “30%” 減少させる、といった具合です。これでさらに目標がスマートになったのではないでしょうか。

  11. まとめ

    次に「治療」のスケジュールです。

    例えば、人間ドック、もしくは眼科での眼底検査で「視神経乳頭」に陥凹が見つかる、つまり「緑内障疑い」と診断されます。「緑内障」を確定させるには「視野検査」が必要です。結果「緑内障」が確定しました。ただし、初期的な変化です。さてどうするか。

    治療としては選択肢はなく一択のみ「現状の眼圧を下げる」です。では早々に点眼剤を処方するのか。

    僕自身の方法ですが、いきなり点眼剤の処方はしません。まずは経過観察です。なぜなら治療の目安となる「眼圧」にも季節変動があるからです。基本、夏場低く冬場高い、というサイクルになっています。

    もしも、季節変動を考慮していなければ以下のようなことも起こり得ます。

    点眼剤を処方しました、眼圧下がりました、メデタシメデタシ、と言っても実は季節変動で下がっていただけでした。

    ゆえに季節変動は大事です。しかも全員が全員、この変動のサイクルとは限りません。そのため、できれば一年、少なくとも半年は経過観察で眼圧の測定のみ行い、個々の眼圧季節変動を確認するのです。

  12. まとめ

    さて、いよいよ点眼剤処方です。また、じらします。

    両眼緑内障の場合でも、片眼のみからのスタートです。これも季節変動に絡んだお話です。もし効果あるなら季節変動に関わらず、左右の眼圧差に変化があるはずです。それを見極めた上で両眼に処方します。

    もちろん、片眼のみの緑内障であれば、片眼のみです。

    それからはひたすら経過観察です。眼圧が異常に上昇していないか、副作用はないか、などなどを観察します。そして半年に一回程度「視野検査」を施行。「半年」は長い、と思われるかもしれませんが、それぐらいの間隔でないと視野変化は生じません。

    視野検査の結果、残念ながら「視野欠損が進行している」となれば点眼剤の追加です。何度も申しておりますが、この「進行」はそれほど急ではありません。通常は1年から数年ぐらいかけて、ゆっくり進行します。

    つまり、点眼剤の追加は年に何回もあるものではない、と思って下さい。あっても年に1回、それこそ数年に1回かもしれません。

    最後に注意点です。こういった余裕を持ったスケジュールを組むことが可能なのは、初期から中期緑内障の場合のみです。余裕のない末期緑内障ではそうはいきません。末期の場合は、初見時からの点眼処方、また追加処方や手術についても早めに考慮します。

  13. まとめ

    次は、具体的にどんな薬剤を使うのか、緑内障の手術とは、です。

  14. まとめ

    「眼圧」とは。

    眼球とは水風船のようなものです。眼球内の水量でその硬さが決まります。眼球内の水を「房水」と呼び、その水量で作られる水圧を「眼圧」と呼びます。

  15. まとめ

    「房水」は循環しています。循環しないと眼球内はいずれ濁り視力に影響します。循環するということは、ある場所で産生され、ある場所から流出していきます。

    産生流出がなされているのは、「隅角」と呼ばれている場所です。角膜と虹彩にて形成されている鋭角の部分、外から見れば、黒目と白目の境目の裏側にあたります。

  16. まとめ

    房水が産生される場所は「毛様体」、虹彩、隅角の裏にあります。ここにはピント調節のための筋肉もあります。房水の材料になるのは毛様体に流れ込む血液です。

    流出される場所は「線維柱帯」、虹彩の根元、角膜裏の延長線上にあります。房水に含まれる「ゴミ」を除去、濾過します。線維柱帯で濾過され綺麗になった房水は、さらに外にあるシュレム管に流れこみ、最終的に血液中に戻って行きます。

  17. まとめ

    いよいよ具体的な治療のお話です。まずは薬物療法。薬物には房水の「流出」に関わるものと「産生」に関わるものがあります。使用頻度が多いものから列挙します。

    1. 1.プロスタグランジン関連薬
    2. 「流出」に関連します。新しい経路を作る薬剤です。効果は非常に大きいです。数mmHg程度の眼圧下降が得られることもあります。2000年ごろから使われ出し、緑内障の治療が劇的に変化しました。副作用ですが、全身的なものは、ほぼありません。ただし、まつ毛が濃くなったり、瞼周囲が黒くなったり、といった局所的なものがあります。

      また、この点眼剤が全く効かない患者さんも存在し、眼科の世界では「ノンレスポンダー」と呼ばれています。

    3. 2.自律神経作動薬
    4. 自律神経の種類、ならびに刺激、遮断に応じて多種の薬物があり、「流出」にも「産生」にも関わります。

      最も一般的に使われているのは交感神経β遮断薬です。これは「産生」に関わります。非常に歴史の古い薬剤です。眼圧下降効果は2mmHg程度。喘息や心機能低下といった全身的な副作用があり、注意を要します。

    5. 3.炭酸脱水酵素阻害薬
    6. 「産生」に関わります。内服薬として使われているものの点眼版です。眼圧下降効果は2mmHg程度です。目立った副作用はありませんが、点眼時、それなりの刺激があります。

    7. 4.Rock 阻害薬
    8. 最新の機序の点眼薬と言えます。線維柱帯の形態に変化を与え「流出」に関わります。目立った副作用はありませんが、強い充血が認められます。

      小生が使用する点眼剤はこの4種類ぐらいです。

    9. 5.手術療法
    10. 理屈上、点眼剤は何剤でも追加できますが、常識的には3から4剤が限界と思われます。点眼剤を追加しても「視野欠損の進行」が止まらない、となれば手術を考慮せざるを得ません。

       手術であっても、可能なのは「眼圧を下げる」ことのみです。緑内障の主たる病因である「視神経」を直接修復できません。「眼圧」を下げ間接的に「視神経」を守る、それのみです。

      手術も、諸々の薬物治療の延長線上にあるものなのです。

  18. まとめ

    では、どういった手術があるのか。大きく分けて「流出路再建手術」「濾過手術」があります。違いは術後の「房水」の流れです。

    前者は房水を自然な流れのまま血流に戻します。後者は房水を眼外へ誘導させます。

  19. まとめ

    「流出路再建手術」は線維柱帯の詰まり、ならびに線維柱帯そのものを除去する手術です。それ以外は特に触らず、房水の流れは自然のままです。

    房水は眼球内を循環するうちに諸々の「ゴミ」も集めてきます。線維柱帯は網目状になっており、この「ゴミ」を濾し取る役割があります。しかし、次第に網目が詰まってきて房水の流れが悪化、眼圧上昇の原因になります。

  20. まとめ

    この流れの悪くなった網目「線維柱帯」のみを切除するのが「流出路再建手術」です。代表的な手術は、この線維柱帯を切開するので「線維柱帯切開術」と呼びます。

    なお、低侵襲の緑内障手術として「MIGS」という手技が学会で話題になっていますが、基本はこの「流出路再建手術」と同じです。

    この手術は、後述する「濾過手術」と比べ、安全性は高い、という特徴があります。その分、眼圧下降効果は低めです。しかし、術後、点眼剤をゼロとは言えないまでも、少なくとも1剤減らすことはできます。1剤減らせるだけでも、かなりの負担軽減にはなります。

    なお、白内障手術の際「ひと手間」かけるだけで施行できる手技でもあります。語弊はあるとは思いますが、そういった手軽さもこの手技の特徴とも言えます。

  21. まとめ

    「濾過手術」は眼球にトンネルのような穴をあけ、房水を眼球の「外」に排出、正確には、目球の壁「強膜」と、それを覆う「結膜」の間に房水を導き、それにより眼圧を下降させます。

    代表的なものを「線維柱帯切除術」と呼びます。穴といっても実質的なサイズは2-3mm程度です。この穴のことを「強膜トンネル」と呼びます。表面の強膜はこのトンネルを覆うように弁状に残しておきます。これを「強膜弁」と呼びます。表面上は穴が空いていないように見えますが、わずかに隙間があります。

  22. まとめ

    結膜下に導いた房水の溜まりを「濾過胞」と呼びます。正面から見ると、図22の模式図のように見えます。黒目に隣接する白目の部分に「水ぶくれ」のようなものが形成されています。これが「濾過胞」です。

    眼球の内外が「強膜」という頑丈な壁ではなく、「結膜」という薄い膜で仕切られることになります。それゆえ感染のリスクが高く、かつ眼球外に房水が流出する危険性も高くなります。

    人の身体は「傷」を治すように働きます。この手術でも同じです。何もしなければ前出の「強膜トンネル」も塞がってしまします。が塞がってしまうと眼圧が上昇してしまいます。

    つまり、この手術においては「強膜トンネル」が塞がらないようにする、つまり傷を治さないようにする必要があります。医学の常識では「傷」は治すべきものですので、コンセプトは真逆です。

    傷を治さないようにするため手術手技や術中に使う薬剤など様々な工夫がなされています。が、それでも傷が治り眼圧上昇すれば、再手術を検討せざるを得ません。

    安全性が低く、また不思議なコンセプトの手技です。がしかし、眼圧下降の効果は非常に高く10mmHg前後に下げることが可能です。

    同系列の手術として、「強膜トンネル」の代わりに、シリコンのチューブにより房水を眼球外に導く手技もあります。これを「インプラント手術」と呼びます。欧米では盛んに施行されています。

    以上が手術の概要です。

    基本は薬剤による眼圧下降です。手術は最終兵器と言えます。特に「濾過手術」においては、丈夫な強膜にあえて穴を開けるため、眼球内外を隔てるものは薄く脆い結膜、という状況になってしまいます。

    安全性に問題はあります、がしかし、眼圧下降の効果は大きく、必要不可欠な手技であることに変わりはありません。

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